ライターと兼業で春学期担当している立教大学の授業「アウトドアの知恵に学ぶ」の成績評価が終わりました。
受講者は池袋、新座の2キャンパス合わせて500人ちょっと。私の場合はレポートと筆記試験の二本立て評価なのですが、レポートだけでもひとり1200字くらい書いてきます。1日に読めるのはせいぜい50人まで。それ以上は読んでいるうちに目がくらくらして、気力体力が持ちません。課題を出したこちらが逆に試されているような気分です。

出席をとらないし、レポートも面倒なことを課しているわけではないので、学生諸君の間では「落単授業」(楽勝で単位が取れる)と噂されているようです。
ほかの先生方の授業とのバランスを欠いているかもしれないとすれば、問題で恥ずべきことなのかもしれませんが、私はそれでいいと考えています。
頭だけで覚えたことなんて、人生、何の役にも立ちませんから。大事なのは感じることです。そして興味を持つこと。楽勝≒苦にならない楽しい授業だったという評価であれば、むしろ勲章だと思うことにしています。

情報は過去に受講した先輩や友達から伝授されるようです。楽だと感じた学生には共通点があります。
「自然がこれほど複雑なしくみから成り立っていると知らなかった」
「アウトドアとはキャンプやバーべキューのことだと思っていたけど、人間にとって大事なことをいろいろ含んでいることがわかった」
「自然を上手に利用しながら厳しい時代を生き抜いてきたおじいちゃん、おばあちゃんたちってかっこいい」
つまり何かを感じ、発見した子です。授業を楽しみ、納得のゆく評価を得た子が楽勝だったと感じているのです。
それはレポートの内容や試験の論述にも表われています。自ら興味を持った学生の記述は中身がしっかり詰まっています。読んでいて面白い。この仕事を続けてよかったと思う瞬間です。

かわいそうなのは、楽単情報を鵜呑みにし、最後まで授業に出てこなかった学生。レポートも試験の記述も、優等生風に取り繕ってはいるけれど陳腐な正論で、中身はスカスカ。つまり自分の意見がない。というより、意見のベースとなるものがない。
当然ながら、そういう内容には厳しく接しなければなりません。気の毒ですが、何割かの学生は「ぜんぜん楽単授業じゃねえじゃん、話が違うよ」と臍を噛む結果になるでしょう。

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